夢を語ろう・・・ 2003.4.21 記

夢を語ろう・・・・・
もう夢を見る事さえ出来なくなってしまったかのような・・・・
          時代への失望感がただよう俺達の時代。

世の中の目覚しい発達は、一方で、
     ますます薄っぺらで矛盾ばかり含んで、
            
  逆に本来の自由を失っているように思えてならない。

けれど、たった一度の人生なら、
       ひとつの夢を、あきらめることなく語り合いたい。

自分を取り巻いていた縛りを取り払い、自由な可能性を試してみたい。

自然な自分らしさを追い求めていたい・・・。


自然な自分とは、
地位や名誉に対する執着や、思惑や駆け引きでもない、

そんなものを突き抜けてある
もう一歩だけ向うの世界にある者になること

ありのままの自分でいる、
裸の自分で考え続けていく、
       そんな強い意思が必要なのかもしれない。

単純に『そのままの心』を表すことができた自分が描く夢って
        どんなにも素敵な物だろうか?って考えている。

・・・??しかし、
それを『考えなければならない』こと自体、
           ・・・・すでに強制的でおかしい?

『そのままの心』とは、

理屈じゃなく
どうしようもなく自分の内側から、沸き上がって、
    突き動かされるような感覚があるに違いなく・・・・

そんな夢を描き、語り合いたい。

今、高山美術館= 向井鉄也氏の思わぬ好意により、
      最高に情熱を注ぎ込める夢の欠片を手にしている。

飛騨の文明開化。
大正四年、当時最高のハイカラに臨んだ陸軍中将の洋館

職人たちの粋。・・・・職人たちの挑戦は
       長い間つちかってきた技と勘を生かし、
           これまで常識を捨てて臨んだ押上の西洋室。

今自分は、
そんな彼等が情熱を傾けた洋館【西洋室】を、
   解体する事によって実感し、同時に復元の夢を誓っている。

飾った言葉でごまかさず
     表面的な形やスピードにも惑わされず、
          又、誰にも束縛される事なく、人知れず、

じっくりと腰を据えてゆけば、
       そこに必ずひとつの熱が生まれて、
              

雨や風や光といった、
 自然の移り変わりのなかで、人の自然な熱で
    流れに逆らわず自分を合わせながら生きるような・・・

この時代の時の流れとは
全く別な流れで生まれる世界。

自分たちが、自然に、にじんで存在し、
     作り上げている世界があるとしたなら、
          どんなに素晴らしいことだろうか・・・・。

この洋館を当時と変らぬ情熱で、
100年前の姿をそのまま生かし、新しく進化させたい。

ナラやクヌギといった、
なだらかな斜面の落葉樹が自生する山林で、

凛として差し込む光や木漏れ日を受け、
                この時代に蘇っていく・・・。

それは同時に、
これまでの自分も生まれ変わって行くような、
              そんな気がしてならないのだ。

この時代の流れに逆らうのではない、

ただ、せめて誰にも左右される事のない、
自分流の時の流れが
そこに生まれ、身を置くことができたなら、

それが
自分自身を実感し
納得させられることかも知れないと思うのだ。

これまで人と争い、いがみあってきた、長い時間。

その分を洋館の姿、
たたずまいの風景の夢に
自分の残り時間を注ぎ込んでみたい。

考えてもみれば、

自分は、あのすべてを捨てた独立を機に、
ただの空想にしかならない夢を描く事から、
今、現実にそれを叶えることができる大きな自由を得たのだと思う。

形式や保障を引き換えにして得た、
ゼロになった大切な自由。

たとえ、その夢が到底一人では叶わないことであったとしても、
                   それで良いのである。

『自分を独占して独裁する』
一歩づつ進んだ分だけ俺は夢に向かっているのだから。

沸き上がるものがある。

生きていると自分が納得し実感できるのなら、
          たとえ孤独であっても夢を追い続けたい。

・・・・夢を語ろう。

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