春と修羅 /宮沢賢治

春と修羅   (mental sketch modified)

心象のはひいろはがねから
 あけびのつるはくもにからまり
 のばらのやぶや腐食の湿地
 


いちめんのいちめんの諂曲模様(1)              (1)自分の意志を曲げて他人に 
( 正午の管楽よりもしげく                  媚び諂うこと。諂曲模様
     琥珀のかけらがそそぐとき )           とは自己のそういった心象
 いかりのにがさまた青さ                  を形象化した賢治の独創的
 四月の気層のひかりの底を                 なイメージとされる。
 唾し はぎしりゆききする
 おれはひとりの修羅なのだ 

  ( 風景はなみだにゆすれ )
 砕ける雲の眼路をかぎり
れいろう(2)の天の海には               (2)玉などが美しく透明に輝く
  聖玻璃(3)の風が行き交ひ               様子。
    ZYPRESSEN(4) 春のいちれつ     (3)玻璃はガラスの古称。
     くろぐろと光素(エーテル)を吸ひ         聖を冠して教会の飾り窓を        
      その暗い脚並みからは              イメージした美称の造語。
       天山の雪の稜さへひかるのに         (4)<シュプレッセン>
       (かげろふの波と白い偏光)          イトスギのドイツ名。
       まことのことばはうしなはれ
      雲はちぎれてそらをとぶ                     
     ああかがやきの四月の底を
    はぎしり燃えてゆききする
   おれはひとりの修羅なのだ              (5)微結晶性石英のうちの数 
  (玉髄(5)の雲がながれて               種を除いた一般呼称   
どこで啼くその春の鳥)                   不透明で淡灰色、しばし
   日輪青くかげろへば                  ばブドウ状の外観を呈する。
     修羅は樹林に交響し
      陥りくらむ天の椀から
       黒い木の群落が延び
        その枝はかなしくしげり
       すべて二重の風景を
      喪神の森の梢から
     ひらめいてとびたつからす
     (気層いよいよすみわたり
      ひのきもしんと天に立つころ
 草地の黄金をすぎてくるもの
 ことなくひとのかたちのもの
 けら(6)をまとひおれを見るその農夫           (6)衣。東北地方の方言
 ほんたうにおれが見えるのか                  で蓑のこと。
 まばゆい気圏の海のそこに
(かなしみは青々ふかく)
 ZYPRESSEN しずかにゆすれ
 鳥はまた青ぞらを截る
(まことのことばはここになく
修羅のなみだはつちにふる)

あたらしくそらに息つけば
ほの白く肺はちぢまり
(このからだそらのみじんにちらばれ)
いてふのこずゑまたひかり
ZYPRESSEN いよいよ黒く
雲の火ばなは降りそそぐ
   
                   (大正十一年四月八日)
 

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