氷雪の壁と自然の声         2009,3,21,記

この2月、飛騨地方、旧朝日村にある、御嶽山の麓。
                      「秋神温泉」にて・・・・

ここでは、「氷点下の森」という・・・海抜1,028mの厳寒の気象条件を生かして、樹林全体に水をふきかけながら、氷の国を思わせる巨大な風景をつくり、様々なアトラクションを30数年間、続けている温泉宿がある。

今では、全国的にも知られるようになり、この氷の国に訪れる人々は、期間中、数万人とも言われる大きく成長したイベントがある。

今回、その温泉宿のオーナー《このあたりでは氷の王様と呼ばれている》
     から、今年の氷点下の森の目玉として、氷のメインステージを取り囲むモニュメントの制作にチャレンジして欲しいという依頼を受けて・・


氷の王様とは、長い付き合いを続けている事や、ちょうどその時自分が、「ソロモン流」というドキュメント番組の取材期間中
               ということも重なっていた事から
『じゃあ、やってみよう!』
    という判断に至ったのが事の始まりであった。

といっても・・・・さて、どういった方法で、
      この『氷の国』に相応しい表現が出来るだろうか??

そんなプレッシャーを抱えつつも、
     あまり時間的な余裕もない状況でのスタートとなった。

考え方の基本として、本来、左官とは、その土地にもともとある、ありふれた素材や、自然の中からその手で取り出し、組み合わせ、まとめ上げてゆくことが素朴でいて、美しい形である事や、

小林氏の言っている・・・・

・・・たぶん左官塗り壁が
     これからの建築の中で
           何か未来に
             頼むところがあるとしたら、
   塗り壁の技術が
      物をつくることではなく
            自然の贈物を
              受け取るということにあろう。

という、言葉を生かす場面である事は間違いない。
となると、雪と氷をどう扱い、
   左官的に組み合わせて仕上げられるか                          を・・・・考えてゆく。

そしてそれが叶えば、これまで全国各地で行われてきた、雪や氷の彫刻的な削ってゆく方法に対してこちらは逆にコテ塗りを積み重ね、いわば、もりあげてゆく制作方法となり、より自由で生命力に溢れた形になる可能性があるかもしれない・・・・・・・。

実は数年前、雪にのりを混ぜたら、コテ塗りが出来ないだろうかと、遊び感覚で試した事があった。

しかし、一口に雪といっても、ザラザラのシャーベット状態のものや、さらさらのパウダースノウ状態では、のりの分量も、コテ塗りの感覚も、その作業性も、その都度違う塩梅状態になる事から不安定で計りきれず・・・・
これは経験と感覚と積み重ねていかないと無理だ・・・っと
あきらめた事があった。≪技術的な詳細は、ここでは書ききれない・・・≫

それで、とりあえずこう考えた・・・・。
まず、凍った地盤に杭を打ち、柱を建てて、全面に金網を貼ろう・・・。
そこに、雪を塗って、一度、凍らせて下塗りとする・・・
その後、数回塗り重ねて、何らかの表現をしてゆく・・・

さっそく、会社の敷地に下地を作り、雪が降るのを待つ事にした。  

ところが、
今年の飛騨は、記憶にないほどの暖冬で、さっぱり気温も下がらず、雪が降り積もらない・・・・・
結局。試作を作ることは出来ず、
           時はドンドンと迫っていた。

しだいに、もう待てない。
あせる気持ちを抑えきれなくなりだして、、雪のある現地で試作しよう
と、夕刻、数人を従えて、下地を作り、翌朝早く、さあ雪を塗ってみようと氷点下の森へ出発した。

現地の雪は、一度雨にあたっていたせいか、ザラザラとしていたが、それを手探りで金網の上に塗ってみた・・・

早朝7:30の気温は?4℃。ところが塗り終わって10:00頃、
空全体を覆っていた深い霧が陽射しと共に、いっせいに晴れはじると、雪の下塗りは午後2:00頃には全て溶けて流れ落ちてしまったのであった。

『ああ!ダメだ!!』この暖冬の中では、雪の壁なんて不可能なのか??

大自然を相手にして、打つ手を失ってしまった現実を目の前に・・・
気象だけはどうしようもない!!と口を揃え、皆、首を捻っている。
退散して2日間、・・・頭の中は『どうしよう・・・!!』と、
             新たな手立ての模索を続いていた。

そんな中・・・・・・ひとり恨めしく太陽を見上げていた時、
             『そうだったのか!』と気付けた。

『この雪の下塗りは、気温が下がってゆく、夕刻から夜に向かって作業に取り掛かるべきではなかったのか!』・・・・と。
20年にも及ぶ習慣。朝一番からの職人仕事は、今回の作業の狙いからすると、逆の行為であったと言え、自分は全く自然の流れに、
                 逆らっていたのだと解った。
≪自分のリズムで動いていた現実=すなわち人間主義で判断していた事。≫

そしてあらためて、自分達、左官塗り壁の側が、気温や自然条件に合わせ、敏感でいなければならないのに、そんな一番の根幹に気付き、解らなかった自分・・・・・・・。

とはいえ、こんなマイナスの世界で塗り壁を行う事じたい、矛盾し、一般的には、ありえない事とはいえ、考えれば考えるほどに、あまりに自然に鈍感だった自分の行為に、あきれ返って笑えてくるくらいであった。

それからの作業は常に、夕刻から始めることとし、
雪の下塗りは面白いくらいに厚く塗り重ねる事が可能となった。
すると、一晩凍った雪の厚みは、・・・暖冬の日差しに耐えながら、日中、ゆるんだ雪壁は夜間になると(?8℃)更に固く凍って、雪の下塗りは、より強くしまった状態へと変わってゆく。

ヨシ!これからも夜間の氷点下の世界で、
    作業を中塗り、上塗り、と進めてゆけばなんとかなる!

やっと、どうにか先が見えてきたかもしれない・・・・。
そうして より精度の求められる(第二段階)雪の中塗りは、
翌夜19:00から始める事とした・・・その日は例年並の寒さが戻って、気温は?7℃ 雪の下塗りはカチカチに凍っていたから、
                 絶好の条件であるはずだった。 ・・・さっそく・・・

入念に雪を練り合わせて、まず自分自らが先頭をきって雪塗りの作業に取り掛かってみた・・・・・・。

その瞬間。
カチカチに凍った雪の下塗りの表面に対して、塗り始めた雪はツルツルと滑ってしまい、練り方や、コテの使い方など、どんなに工夫を凝らしても全く思うように雪を扱えず、
またしても、お手上げとなってしまったのであった。

作業は中止せざるをえず、また暗礁に乗り上げたうえ、
              期日は、ますます迫ってきている。

焦る気持ちが自分を追い詰め、現場にはりつかせて、何とかしなければと、離れる事が出来ない・・・・・。
今年の全般的な暖冬気候は変わらず、不安な気持ちは、ますます募るうえに日中になると、凍った雪の表面がじっとりと
           溶け始めて緩みだしている・・・・・。

そんな表面を眺めては、右往左往しつつ、いたたまれなくなって、雪面をコテで触ってみた時・・・・・
滑ってどうにもならなかった感覚はそこになく、
しっくりと思うように雪を操ることが出来る!・・??・・
その時、『そうか!』と解ってきた。

塗りつけていく時間は16:00?19:00頃まで、
気温でいえばおそらく+1℃??3℃くらいの、
    完全に凍ってしまう手前の時間帯だったに違いない!!

またまたあらためて、左官とは・・・そして水とは・・・
まさに自然の移り変わりとの対応であり、野性的な匂いのような感覚を、研ぎ澄ましている事だと実感されて仕方がない。

だからこそ感動的で不思議となり・・・・・自分本位ではなく自然の中に自分の動きをどう合わせて、順応していけるかを経験し、推理し、
               受け入れてゆく事なんだと!!

こうして、地面にビニール敷いて水を流して、
自分のねらった厚みの氷を作り、仕上げ塗りは、
 雪に氷をゴツゴツと混ぜて、氷雪の壁は形づくられてゆく・・・・。

これまでの、様々な経験から出来上がった雪面には、深夜にキリをかけて固くしめて凍らせて・・・翌朝カチカチに凍った表面を、今度は湯で磨く事でさらに透明感を増して、2月11日。
氷の王様の、満面の笑みと握手に迎えられ、氷雪の壁は見事に仕上がる。
氷雪の壁(写真)氷雪の壁・2(写真)
中からライトアップされた氷雪の壁(写真)

あえて、金網に雪を塗ったのは、照明を裏側から当てると、
あたかも、雪と氷のステンドグラスの様に雪面が、淡くやさしく、
透けて輝くのでは?という狙いも、思い通りとなり、
              それは感動的な光景であった。

しかし、この話は、意外なハプニングが巻き起こる事で、
                まだ終える事が出来ない!

2月14日のメインイベントを目前に
12日?13日にかけて、日本列島は異常ともいえる暖かさに包まれ、
東京では気温20℃を記録し、
氷点下の森は夕刻から、どしゃ降りの雨に見舞われた・・・・

そんな、標高1028メートルの、思いもよらぬ雨の中・・・・
自分達と森のスタッフは、総出で薄いビニールを貼り合わせて、
巨大なシートを作り、
氷雪の壁を守ろうと、必死な夜間作業に奔走したものの・・・・
結果として、2組作った内の一方は、およそ3分の1が、金網がむき出しとなって溶けて流れてしまい、見る影も無く、
もう一方には、ドライアイスを数十キロ持ち込んで、
最大限の努力を試みたが・・・・・
あの磨かれたような輝きは消え、かろうじて、
            その姿を維持するのが精一杯であった。

2月14日、メイン当日の朝。
氷の王様と自分は、こうした環境、温暖化を訴えてゆく問題提起として、

この無残な氷雪の壁を観衆の前に、あえて、さらすことを取り決めた。

全てが終わって。今回の、氷点下の森、氷雪の壁は・・・・

ひとつの水から 

  ・・・雪へ・・・  ・・・氷へ・・・  
     ・・・霧に変え・・・  ・・・湯と化した水の壁であり・・・

そして、雨に流れて泡と消えた、自然の壁であり、  
       ・・・・・わずか数枚の写真と記憶だけが残っている。

今、あらためて振り返ってみる時、この水の壁に自分達が、
    何かの、おとぎ話の世界に引き込まれていたような感覚と

・・・・同時に・・・・

自然の中に神を信じて、大地の霊と、その息吹を感じとっていた
ネイテイブアメリカンやアイヌ民族と同じように、
自分達左官も大自然の中で同じ感覚を持ち、生きていた・・・・・

今回、この氷雪の壁の中に、
自分が本当の自然の姿を見、その声を聴く事が出来たことを、
            今、誇らしく思っている・・・・。

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