兜屋画廊にて

からまつ

人間には、世界がある
動物には、ほんのすこし世界がある
枯れ葉には、世界がない

枯れ葉には、存在がある
動物には、ほんのすこし存在がある
人間には、存在がない

                  小林 澄夫

時間

いのちあるものにはベクトルがある

木の葉に葉脈があり
トカゲに舌があるように

それらの生命あるものが
どのように行き暮れていようとも生命は
いのちあるかぎり熱ある方位を持っている

生命は
みずからのオリエンテーションを
    みずからのうちに持つといってよい

たぶん
生命あるものが
いのちあるものへの
           気づきを持つのは

この生命のベクトルへなのだ

                 小林 澄夫

たき火

私は空

私は海

私は犂

私は畷

私は傷

私は牙

私は深淵

私は海を渡る風

私は揺れる波

私は沈まず

かつて魂と呼ばれたもの・・・

魂は火であり
 
     炎であり

         灰である

              小林 澄夫

寒い日だった
上野の森の雪曇りの空に飛行船が浮かんでいた

浮かんでいたのでははい
それは
ゆらゆらと動いていた

私のあゆみにつれて
    動いて見えたのではない

葉巻のような形から
いつかまゆのような形にかわっていたのだから
じぶんで動いていたのだ

森の上をくらい灰色の雲が
かぎりなくひろがり
森の樹木の黒い影のかなたに低く
灰色の空よりも暗く浮かんでいた

灰色の雲の中に
一様に拡散した午後の光を
それだけがこばんでいるとでもいうように
くっきりとした鉛色の影となって

飛行船は
浮かんでいた

                小林 澄夫

落花生の殻
小豆のはじけた葵
椿の実の殻・・・・

少年の日
そんな実の抜けた殻の中には
なにかそのものらの
ほんとうの存在が
棲まっているように感じていた 

いわば
それらのものたちの
     見えない魂といったものが・・・・

それらの空っぽの殻

小さなとるにたらない殻のうつろの中に
     全宇宙とともにある魂の自由を

私は
感じていた

                  小林 澄夫

さくら貝

波は
空と水の界面に
   風が吹いて生じる
それが
遠くであろうと
近くであろうと
波は
宇宙の無限微動とともに
   やむことなく揺れ動く・・・・
風と波

地上にある私は
もと住んでいた惑星から落ちて来て
    別な惑星にいるようなものだ・・・・
そんな亡命者のアドレスの無垢
孤独で
無名で
自由・・・・

                   小林 澄夫

谷川の砂州の白砂に小鳥罠を仕掛ける
冬休みの寒い朝。篠竹と小枝
すきとおったテグスの糸で・・・

冬枯れで飢えた小鳥たちを訪う黄金の米粒
少年の私は、糸に絡まれた小鳥を
舞い散った羽先を見たことはない

すきとおった水の流れ
竹藪の上の遠い青空のほかに
だれにも最後の風景がある

風景とは、かつて魂と呼ばれたもののすべて
私の五感や視覚や聴覚や味覚や触覚を統一する
魂によって生じた感情と共にあるすべて

私が触れ、触れることで震え
震えることで宇宙の存在と共に
ゆれ動くそのすべて

風景とは
存在の感情への気づきによってひらかれた世界のこと
魂を失うことは内なる風景を失うこと

自由で、到来するものを
到来する無名のままに
受け入れる少年の日のアドレスの無垢

土の壁はいま、帰るべきはじまりの風景を失っている

現代は、誰にもある最後の風景を失ったのだろうか

・・・・西の空に陽が沈む

さあ
おいとまとしょうか
         皆の衆

                  小林 澄夫

公園のはずれの三本の橋の樹に
朝日があたっている

樹々のむこうからやってくる陽の光に
葉群れの椿の花が
すきとおった鮮血のように燃える

二本は近く
一本は離れ

樹の下は散り落ちた
朱の花びらで埋っている

人は、いつでも失って初めて
人生のかけがえのないものに気づく

                
                  小林 澄夫

私達は自分を死に負うている
と詩人は言う

人は死すべきものという掟ではなく

私達は
自分を死に負うているということで
死を負う自分を幾つもの自分に
分割することができる

死を負うているにしても
自分を無限の存在にまで砕き
散逸させることができる

いわば
死を猶存の時のなかに 
いまだ到来しないものとして
      生きることができる

                   小林 澄夫

夜桜

並びたつ樹立がむこうに
ざわめいてふりかえる

この皮膚をスッと通りすぎてかすめる

その時、この風がどこから
なににふれてきたのかを探している

桜の樹のたもとにある小さなBerに
タワーをかすめた淡い微風が
わずか数枚の花びらをさらった
            サクラの壁
今、自分を通り抜けた風が
     自分色に染まって・・・・

そしてまた
次にふれたものの色となって流れてゆく

見えていて見えていないもの

透明な世界の中にただよっている
透き通ったもうひとつの流れ
   もう一重、かさなった2重の色

暗闇にゆれて落ちる花びらの裏と表

                 挾土 秀平

孤独で孤独で仕方がない自分の中にある
固有の模様をさがしている
毎晩眠りにつく時、
目を閉じた闇のなかに
    自分の姿がみえないだろうかと
         いつもさがしている
・・・・でも見えない。

わかるのは情報や
身のまわりにある現代の色や形に
     自分が消されているということ

ひとりでいる時

孤独で孤独で仕方がないとき
怒りにふるえて、いたたまれないとき
さみしさに壊れそうになるとき
高熱の体中に寒気が走るとき

ふっと自分がすこし見えて、
何かの形がレースのカーテンの向こうにある

                  挾土 秀平

 

小枝

さわさわと
枯葉をふみ
木の実を拾えば
そんな自分を一歩はなれているところで身をおくと

そこでは所詮自分も
この枯葉と何ら変わりのない
同じ一部としての意味しか残らず

それはまたたく夜空の下で
考えもなくたたずむことと同じで

その最後には
自分がある意味さえも消え去ってしまう

あるのは、いま息をしている命の
リズムがあるだけだ

必要以外の知識を
自分の中に入れないで
激しさだけを
心の中においておく

「水」「土」「光」・・・・そして、だれもいない

かまえず
ただ自分流をそのままに・・・・
 

                  挾土 秀平

樹林がみどりの炎に見えてゆれている
雪面につき出たススキが
白骨に見えて折れている
雲は大陸
その切れ間から差し込んだ光が
手の甲に触れて消えた

生み出すということ・・・
人の作品を眺めることはあっても、
見てしまってはいけない
ひとつの表現をするのは、
人と自分の微妙な違いに気づき
自分の内に秘められた、固有の自分を知ることだ

広い視野をそなえて、
見えない視覚をもちあわせる
これがオリジナルへの道だと信じている

自分が自分であるために
お前がほんとうのお前を知りたいのなら
眺めることはあっても
その目に焼きつけてはならない

                  挾土 秀平

ふっと物を作ることが
      むなしくなってしまう時がある

土という素材を探し、触れてきて
            その確かなことは

まわりにある
ごく当たり前な
自然の場面、場面を切り取った記憶が
           体の中に刻まれてゆく・・・・

腐りかけた雑草の枯れ葉の色もよう・・・・
斜面に降り積もった雪面を
     舐めるように吹き抜けて
         鋭利な肌を生み出している風の道

火炎のように揺れ動いて
     魔界から伸び上がってきたかのような
                  竹の芽の生命力   

こうした自然の姿を
自分流にかたち作れないだろうか?

しかし懸命に自らの手をそそぐほど
虚しさにさいなまれ
       その途中では
           創作の意味さえ失ってしまう

この手は命の線を描くことはできない

この手は
   今朝降り積もった雪面の肌を
           生み出すことはできない

わかってきたのは
      直接触れたままのかたちではなく
自分と出来上がる物とのあいだに
      長い距離が存在していること

自分の手からあとに
   素材が自然によって動き
         生まれ変わること
そして、
触れることが許されないほど
         儚く、やわらかいこと

               挾土 秀平

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