8月7日 東京お茶の水

8月7日、東京お茶水、久しぶりに小林氏と2人食事をしながら、いろいろ話すことが出来た。
その前に・・・。
元々セメントの左官であった自分が、30才も過ぎた10年そこそこで、今では様々な取材が訪れるような左官に変貌したのは、この小林氏との出会いが
決定的なものになっているのは言うまでもない。

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冬も終わりに近づき・・・     2000.3.5 記

冬も終わりに近づき、まだ息が白く映るころ。
ふっと夜中に目がさめる

さて、何時なのだろうと時計を探している
廊下ごしに見てとれる、外の気配は真夜中でもない。
起きあがり窓越しに様子をうかがうと・・・・・
外は深く夜が明けはじめようとしている少し手前、
                 真夜中の終わりのころ
ブルーで・・・・・夢幻で・・・・・。

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2000.1.21 記

2000年が終わった。 それと同時に自分の20年が続くことなく終わった・・・・。
今、新たな自分の人生において最大のスタートを切らざるを得ないという気持ちで一杯である。
これまでは親父を守る為にも必死に耐えて来たが、それも、もう限界だ。
「親父が立ち上げた会社を去る決意。」
「物心がついた・・・幼稚園の寄せ書きに“しゃかんになりたい”と平仮名で書いた頃から言えば、実に30年の思いにピリオドを打つ。」

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八ヶ岳の風に吹かれて 2001.7.3  記

『時代』。 その時々の世の中の風潮、哲学、思想、・・・・・・
            今急激に自分の廻りの何かが変わり始めている。

つかみ所がなく、言い様の無い何かがぐるぐると動き始めていて、ゆっくりとい被いかぶさるような重圧感に息苦しくて
腫れ上がってしまいそうな感覚がある。ドキドキしてきて不安でたまらない。

その感覚は、30代前半のあの頃、土壁を知りたくても、どうして良いのかさえわからない日々・・・・爆発してしまいそうな胸の内。孤立感。
                そんな感覚を思いだしてとても似ている

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私の大地  2000.11.1 記

二十世紀最後の年。この2000年に、
20年間背負い続けた宿命と、しがらみを捨て去り、

二十一世紀の始まり。

2001年『私の大地』に全てを賭けてスタートしたい。

もうこれで、後戻りは出来ない所まで来てしまった事を、
残された時間の中で、きっちりと自分自身に戒めなければならない。

そんな自分が進もうとしている、新たな道は、

これまでとはまた、別の意味で苦しくて、
不安で不安でたまらない日々が、はじまる事は間違いない。

しかし、自分の考え方で、誰からも拘束される事なく
自由に生きて行けるのなら、

        結果的に、たとえ敗れたとしても悔いはない。

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気がふれている・・・   2000.7.21 記

最近と言うよりここ数年来、自分自身を含めた何もかもが、全てが、
根こそぎ嫌になって破裂しそうだ。見るもの、あらゆる事に嫌がさして、
目の前にある全てを無差別に、手当たり次第にぶち壊してやろうと考え、
その直前になってギリギリ立ち止まっている。

これまで日々神経を張り詰め、必死に現実を直視してきた分、
どうやったら、どういう行動を取ったら崩れてゆくかの手口は、あまりにも簡単に、艶やかに、美しささえ感じるほどにイメージできて思い浮かぶ。

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みんな自分がわからない 2000.11.17 記

みんな自分がわからない。
この急激な時代の流れ、電波、情報の飛び交うスピードの時代、
そんな漠然とした雰囲気にはやしたてられ、訳のわからないうちに、ただ遅れてなるものかと、あれも・・・・・これもと・・・・あわただしい毎日が続く、皆が競って時間に追われている。
追われれば追われるに従って、それこそあっという間に時も比例し、過ぎ去ってしまう。
でも、ある意味でそれは、凄く充実しているみたいに錯覚しがちなんだけれど、実は意外に内容や、中味の無いことが大方の様に思えてならない。

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『旅をする泥の詩人』 1999.1.17 記

『旅をする泥の詩人』こと、小林編集長が15日の昼、高山駅に到着した。
今回の目的は、真っ白な雪の中にたたずむ東家土蔵の景色を、『月刊、左官教室』2月号の表紙に飾りたいとの事で、わざわざ東京から訪ねて来てくれるのであるが、この一年間数回にわたり接してきた中で、自分にとって何より嬉しい事は、小林さん自身の人となりもさることながら、彼から出てくる一言一句が、今の一般社会の考え方や流行などとは全く違い、もっと遠くかけ離れた自然の風景の中にあるという事だ。

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銀花  2008.01.07 記

数年前まで、いわゆる刑務所の出入りを繰り返し、これまでの長い人生の大半以上を過ごしてしまった人物が、約4年間に渡り、この自分につかえていたことがある。

関東出身、生まれながらの天涯孤独、その昔の、その道とやらの修行で徹底的に仕込まれてきた礼儀作法のせいか、言葉使いや折り目正しさ、そして何よりも清掃と整理整頓が、身に染み付いている働き者であった。
あちらこちらから書類や本を引っ張り出し、ベニア板で作った、
散らけ放題の自分の事務所の机はいつも整理され、濡れ雑巾で磨かれていた事を思い出す。

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20年が経って決意する 2000.10.10 記

この道に入ってもう、既に20年という長い月日が過ぎ様としている・・・・・。
今、目を閉じ、グーっと深い息を吐いてみる・・・・・、実に20年が経った。

振り返れば、それこそ一晩中、話しても話し尽せないほど苦しく、
ニガイ、重過ぎた20年であったと思う。

《誰でもみんな苦しくて当たり前、苦労は買ってでもしろ!》とは言う物の、この会社(高山)に、戻ってからの14年間は精神的に、肉体的に、
余りにも異常な状況がまかり通り、度を越え過ぎていた。
卑劣な行為、言葉に表せないほどの嫉妬、体裁と名誉、
欲望と金、虚栄、挫折、宿命、運命・・・・それらに翻弄され孤立してきた自分。

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