気がふれている・・・   2000.7.21 記

最近と言うよりここ数年来、自分自身を含めた何もかもが、全てが、
根こそぎ嫌になって破裂しそうだ。見るもの、あらゆる事に嫌がさして、
目の前にある全てを無差別に、手当たり次第にぶち壊してやろうと考え、
その直前になってギリギリ立ち止まっている。

これまで日々神経を張り詰め、必死に現実を直視してきた分、
どうやったら、どういう行動を取ったら崩れてゆくかの手口は、あまりにも簡単に、艶やかに、美しささえ感じるほどにイメージできて思い浮かぶ。


ただ、一点を凝視し、立ち尽くしている自分の眼がある。
・・・・眼球の血管が脈打っていらだち・・・
・・・この眼が別の意思を持っているかの様に何かを考えている。
・・・誰も入り込めない、自分でさえも調整できない部分がある。

自分の仕事に、家庭に会社に、親に、自分の築いてきた信頼にくそ食らえと嫌気が差す。
ありとあらゆる物を捨て、タタキ壊してやろうかと無意識の中で,
いつの間にか集中し、考え続けている・・・この現状の中でムシズが走るほどに汚れきっている自分自身を実感し、葛藤が続いた末には、この心模様が快楽となって、磨かれ象徴化し、
・・まるで圧倒的な権力を獲たかのような感覚・・・自分が武装していくような状態だ。

恐怖は遠くなり、風景がモノクロに変わり、
死の意味が消えていく程のパワーがみなぎって来る・・・。

どうなろうと構わないと腹をくくれば、静かに深い余裕にあふれ出して・・・
自分が大らかさまで持ち合わせて、傷付いていく自分に美意識さえ生まれる。

そして、やり場をなくし孤立し、
落ちぶれ崩れいく自分を感じるほどに比例して、ある別の力がみなぎり、
もう一人の自分に非難されて、あざけ笑われる事を、
楽しんで受けてやろうかと、本気で思っているのだ。 

今の俺はそうした一線の僅かな一歩前に立っている事に誇らしささえも感じている。
もしもその一線を越えた時から自分が別世界に踏み入り、きっともう誰にも止めようも無ければ、歯止めもかけられない生き方をするのかも知れない。

全てが嘘と飾り、称えられ、認め合って笑って見える。

信じるものなど何もない。
今の自分は、そうした恐ろしき部分の渦にあり、
その消しようもない恐怖を抱え続けている・・・。

両手を目の前で広げ、見つめていると、
動き出す指がある、今ここに動いている指がある。
なぜ動いているのか? 何が動かせているのか? わからなくなる。
すると今度は、命とか死とか無意味である自分の存在とか・・・
自分が誰なのか、なぜ自分がここにあるのか?わからなくなって、ただただわからない。

なにひとつない、飢えた心がある
当たり障りのない言葉にズタズタに心が痛み、
振り向きもせず過ぎていくさまに安らぎを覚える。

真実ってなに? どこに?
たった、ひとつでいい、ゆるぎもない絶対。
より確実にわかっている事ってあるのだろうか?
埋めようもなく空しさだけを抱えた、どこまでも満たしきれない傷がある・・・。

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