零(ぜろ)に立つ

冬がおわり、春がくる
        夏がすぎて、秋になる

自分は
  その季節の変わり目の
    幕と幕との僅かでいて、大胆な、はざまに、
風景の零(ぜろ)を垣間見る。


人と人のあいだに起きている
        達成と絶望や

真夏や真冬の激しいさなかでは
     皮膚を一重はりつめて身がまえ
         激しく打ち消しあって中和している零がある。

しかし、季節のはざまに、わずかに潜む
              もうひとつの零。
                それが自分を浄化させてくれている

3月18日の夜明けまえだった。

灰色模様のまばらな雲には
    風の流れが渦巻いたように
      うすらうすらに、はかない青と
        うすらうすらに淡すぎるトキ色が入りまざって

今このときは
    冬から春へのどちらでもない零地点。

私はひとり庭先で
  松の葉をみあげている・・・・・。
      一度とけた雪のしずくから生まれたつらら

そして、小枝と草のあいだを見ていた・・・・・。
         うすぐもりの中で、白氷をとかしている泥


そこには、
   だれもいないはざまの零がひろがって
      知らぬ間にあらわれた飛行の線が伸びていた・・・。




ただ呆然し立ち尽くし、
     止まっているかのような時間と自分。

皮膚が一重ひらかれた
     なぜか手の平を空に向けてあててみた。

いま、生命の輪郭を確かになぞっている。

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