歓待の西洋室物語

《 もてなしの館 》からの招待状は、めったに発行されることはない。

これまでも幾度となく、
    その噂を聞きつけて、たずねてくる人はいたけれど、

僕はいつも、にこやかに話しながら、
   その最後には、なんだかんだと、
理由をつけて断ってしまうのである。

実は、この館には、
いくつもの名前があって、
    僕とその仲間たちは、

何日もかけて、やっと出来あがった部分も、
              もう一度やり直そうと、壊してしまったり、
   
ここは考え時だと言って、
途中で中断してしまったりを繰り返しているから、
    

みんなで《 完成することのない館 》だと言って
笑いあったりしている。


ときどき、「 いつ完成するのですか? 」
という問い合わせもあるけれど、

僕はそのたびに、
     「 はい、もうすぐです。 」と答えて、
          もう10年の月日が、過ぎ去ってしまっているのだ。
 

・・・風にそよぐ樹林の中・・・。
    枝葉よりも、はるか高い青空には、
二羽のハヤブサが旋回して舞っている。

ゆっくりと左に曲がる、なだらかな斜面の道を進むと、
      自然林はポッカリと開け、大きなアプローチの奥に、
                     館は凛として、憩ってある。

外観は、一見、
和風のように見えるけれど、実は重々しい瓦屋根に
  煙突が突き出した洋館で、

そのたたずまいには100年の歴史が詰まっている。

広間には、

春慶塗りでふちどった洋風のガラス窓。
       大きなテーブルとイスが並んで、
    洒落た英国製の暖炉がひとつ。
 

町の中心にあったこの館は、
昔《 西洋室 》と呼ばれていて、
           取り壊される運命にあることを、僕は知っていた。

それで、僕と仲間たちは、
この樹林の中に、ひとつひとつを丁寧に運び、
     その頃よりもっと洒落た姿に、新しく作り直しているのである。

高く高く、競いあって伸びた、どんぐりの樹の下で、
       木漏れ日の揺れるアプローチに集まった仲間達に、
            僕は、笑いながら、身振り手振りで話している。

今日は、春一番に咲く野草を集めて植えてみないか・・・
           そこそこ、そっちはダメ!こっちだと言いながら。

あの大きな石をどうにかして運べば、
ここに城のような石垣を築くことができる・・・
                       と、いったふうに。

僕は考えつく、ありったけの想像に話をつづける。

僕たちが、僕たちに出来るいっぱいの、
           ものづくりとして、この館の夢を叶えられたなら、

きっと、、夢が夢を呼んできて
            別の夢を持った人に、めぐりあえるに違いない。

もしもいつか、
    ひとりの作家がこの館に訪れて
          滞在することがあったとしたら、

館の玄関には、
   この場所で生みだされた一冊の小説が、
        さりげなく飾られることだってあるかもしれないだろう! 
               
              そう、僕たちを超えた夢に立ち会えるんだ。

木漏れ日の下で、
   いつのまにか今日の作業はそっちのけになって、
               僕の話はとめどもなく広がってゆく・・・

その作家は、日々の忙しさに追われて疲れぎみ・・・、

でも新たな小説をじっくりと書き上げたいと願っていて、
  休養と仕事を兼ねて、この、もてなしの館に滞在することになるんだ。

ちょうど季節は秋・・・・
    午後八時半、僕は地元の駅に迎えにゆく。

『 きたわよ? 』と明るく言う作家から荷物を受け取ると、
             『食事はしましたか?』と一応たずねて、

もうとっくに予約を入れてある、
        気のきいた酒亭にゆき、
            今朝あがったばかりの日本海の魚と、
                      地場の酒をすこし振舞う。

今夜は大声で笑いあうような酒は禁物にして。
     かるめに胃袋が満たされたあたりで
       『 じゃあ、そろそろ宿の方へ案内しましょう・・・・ 』

館のある山林に到着すると、

ここは海抜700m。
    秋の夜はホロ寒く、空気も透けた虫の声、

雲ひとつない月夜は、
        青白いアプローチの地表に、
             枝影を静脈の模様に落としている。

「 なんだか怖いね 」って言う作家に
      慣れたらきっと、自分だけの月に変わりますよ、
                と言いかけて、僕は少し間をおいて笑い

そのまま館の奥続きにある、
          まっさらのシーツを準備した部屋まで案内するんだ

『 お風呂はここ、トイレはここですから 』・・・・
                    と、一通りの説明をして、

『 できれば、目覚ましは掛けないでいてくださいね 』
     『では、今日のところはこのへんで、おやすみなさい 』
                             といって

部屋を後にし、
   帰りの道すがら、作家さんはいったい、
           いつ目を覚ますだろうか?・・・
                      と、勝手に思い悩む。

でも結局、そんなことは解らないから、
  まだ寝ている夜明けと同時に山林に行くことにする。

僕は作家さんが自然に目覚めるまでは起こさないことに決めている。

しずかに準備をすすめて、
     目覚めた気配が感じられたら、
               ぼくは約38分たったところで

『 おはようございます 』と姿をあらわし、
『 コーヒー! 立てたんだけど、一緒に飲みましょうか? 』

といって春慶の広間の窓から、みどりを眺めて、
              たわいもない会話の時間を過ごしたい・・・

僕はその時、作家の表情や顔色から、

今日は体調が良さそうか?そうじゃないか?
そして今日は小説を書きたいと思っているか? 
             あまり筆が進まない気分でいるか? 
                      を、感じ取ろうとしていて

《 今日はあまり書く気分ではないようだ 》と判断した時、

『 少し散歩でもしましょうか? 』と持ちかけ、
             少し、あわだたしさを漂わせて席をたつんだ。

すると、
浅黄色の石を敷き詰めた玄関には、
             赤い新品の長靴が一足だけ置いてある。

『これ履くの?』という声に
        僕は、『はい、それ!』って、
        

        ばたばたしながら二、三歩あるき出して、話しはじめる。

『 これが、あけぼの草。星のような花でしょう・・・ 』

『よく知ってるね』という作家に、
      星花というのは、僕がつけた適当な名前です、
                        と小声で言って、

夜露の水滴が光った草を踏みながら、
           樹林内を導き、草花のことを、

そしてこの西洋室ができあがるまでの、
             七転八倒の笑い話を一方的に話しつづけて

いつもの慣れた道を『 もう少し奥の山中を散策しましょう 』と
                        勝手に進んでしまう。

僕の一方的な話はとめどもなく・・・・・
 
作家さんが何かを考える余地もないほどに
                、やや、急ぎ足で前を歩く

そして、しばらく進んだところで、歩行速度をゆるめていると、

『 ちょっとまって 』と作家が呼び止める、
                  ぼくは、ゆっくり振り返る。

『 ほらほら、これを見て!! 』
     そこには、目の覚めるような真紫色のキノコが1本だけポツリ。

『 こんなキノコ、見たことない! 』
               と驚いているのをよそに、

僕は『 本当だ、きれいですね 』と、あえてあっさり答えて、
      
    『 さあ、行きましょう 』さらに足早に進んでいくのである。

やがて木立ちの斜面をのぼると
          、陽の光は木の葉にさえぎられ、

ひんやりとした風と、
        ふんわりとした枯葉の広がり

そのうち、真紫のキノコは次第に点在して見当たるようになり、
                僕は言う『 少し休みましょうか? 』

そしてタバコをふかしていると、
        向こうを散策していた作家さんの声が届いてくる

『 ねえ、ちょっと見て、
      さっきの紫の毒キノコがこんなにたくさん生えている 』と。

『 これ、食べられるんですよ!少し採っていきましょう 』
     ふたりは、小さな袋にキノコをいれて、きた道をもどりながら、
     
今度は僕がうしろについて、
    『 あ、そこ、それもおいしいキノコです 』

        それから、いろんなキノコを摘み取って、
                      立ち止まってはまた歩く。

そのうちに、
   勘のいい作家は、この散策を楽しみながらも、
              もしかしたらと気づき始めている・・・・・

この行き当たりばったりを装った散策が、
             もてなしのフルコースだということに。

・・・・・それから・・・・

会話のトーンが微妙に変わるけれど、
               僕はさりげなく、

気づき始めた作家はもっとさりげなく、
           ふたりは足取りかるく西洋室に向かって進むと、

敷地内からは白い煙がたち昇り、
          淡い樹林全体には、
              さしこむ斜光が揺れては霞む。

僕は

『 みんなが待っています、かまど小屋へ行きましょう 
                         と声を掛けて、

              ナラ(どんぐり)の樹林の中を通り抜ける。

すると、その樹のたもとには、

  なぜか山栗の実が、
       落ち葉の上に円錐状に積まれてあって
              作家は、笑みをうかべながら、
                     足元の小栗の山を指さして、   

『 へえー、こんどは栗の実が
    まるでバケツをひっくり返したみたいに、
              いっぱい、落ちてるわね・・ 』
                      
                     って振り向いて言うんだ。

僕は、ほころんでしまいそうな顔で、
       いちど空を見て、樹林全体を見まわし、

『 ホントだ! 栗の樹もないのに不思議だね 』
            
                と、ひとこと言い、
                     顔を合わせて笑いあいたい。

かまど小屋では、

みんながいろり薪をくべ、
     鉄の鍋に真紫のキノコをちょうど食べごろにして、
        グツグツと音を立てて、2人の到着を待っているんだ。

そして、ふたりの姿が見えはじめたら、
      みんなは、おいしそうにムシャムシャ食べていると・・・・。

『あぁ、本当に食べられるんだ』・・・
            と目をクリクリさせている作家さんに、

『 よかったら、どうぞ 』って言う。
       きっと作家さんは、心を躍らせて食べてくれるに違いない。

食事が終わって・・・・・

『 僕達は、一旦ここから消えます。
        夕食と酒の準備ができたら、
                 また声を掛けにきますから、
      
           それまでは一人で自由にしていてくださいね。 』

秋の水平な西陽が樹皮を輝かせて、
      
早い日暮れを合図していた、仲間の一人が言いだす、
         
       『それでこの館はいったい、いつ完成できるんだろう』。

僕も、ほかのみんなも笑って答えない。

さあ、明日からは、
      春慶の広間の奥にある、
             小さな2つの書斎の部屋に取りかかろう。

ほんとうの名前は、《 歓待の西洋室 》。
          
          いつの日かその先に・・・別の夢があるに違いない。

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