塗り壁の力

数年前まで、いわゆる刑務所の出入りを繰り返し、
    その長い人生の大半以上を過ごしてしまった人物が、
        およそ4年間に渡り、この自分につかえていたことがある。

関東出身、生まれながらの天涯孤独。

その昔の、その道とやらの厳しい修行や、
         刑務所で徹底的に仕込まれてきた礼儀作法。

言葉使いや、折り目正しさは見習うべきものがあり、

何よりも清掃と整理整頓が、
     身に染み付いているのが、その人生を物語っていた。


出会ったのは自分が独立をする前のこと。

大型建築の請負の中で、工事は大突貫。

ネコの手も借りたいという危機的状況に、
   人手を探してたどり着いた岐阜の人材派遣会社から
                    配属されてきたのである。

体格は小ぶりで、壁を塗る技術は全くないから、
             やらせることはもっぱら材料運び。

水で練ったセメントモルタルを一輪車に入れ
    現場内を各職人のところに手押しで運搬するのが仕事である。

朝8:00。

「今日からしっかりやってくれよ。じゃあ、さっそく材料を運んでくれ。」

気合は十分で、
   「 はい! 」と一輪車を押し始めて
         3mほどで材料と共にふらついて、いきなりの転倒。

当時、殺気立っていた俺は、
「 なんだ、そのざまは! 」
「 お前!現場で働いたことねえのか、バカヤロー。 」
「 ちょっとこい!今までどんな仕事やってきたんだ!言ってみろ!! 」                           と一括すると、

「 勘弁して下さい。 」と言う。
「 だから言えって言ってるだろ!! 」と詰め寄ると、

男はしぶしぶ、
「 あの、ちょっと風俗の方で、それとあれを打つのは・・・。 」
         
返ってきた答えに
    こっちは≪ はあ? ≫っと
             目が点になったことを覚えている。

しかし根は働き者で、
  猪突猛進、額の真ん中に縦の血管を浮き立たせ、
  
一年も過ぎた頃には、腕っ節の強い、いっぱしの作業員に変わっていた。

やがて俺は独立。電気も水もない鉄骨倉庫の事務所。

男は骨太の秀平組の一員として、立派に仕事をこなし

あちらこちらから書類や本を引っ張り出し、

ベニア板で作った、俺の机は
   書類やゴミで散らかり放題だったが
                きっちりと整理され、
    
バケツにくんだ谷川の水の濡れ雑巾で
          べニア板が、いつも磨かれていた事を思い出す。

しかし一方では、きらびやかな服や、
   ピカピカのライター、ガラスのケースといった
              華やかな物に対する執着心が異常に強く、

それとは対極的な土壁を塗る世界で、
          果たしてどこまで続くものやら・・
                     という疑問もあった。

そうして数年が過ぎ、都心からの仕事の依頼があり出張をする事となった。

眩しいほどの照明に、磨かれた床の大理石や、
  仕切られたガラスのスクリーンに囲まれた中で仕事を終え、
                鉄骨の事務所に戻った夜の事であった。

ぼんやりとした燈光機の光で、
      100以上に及ぶ土壁のサンプルを並べた事務所の中、

いつものように濡れ雑巾で机を拭き終えて腰をおろすと、

男はタバコを、
ぐっと肺に深く吸いこんで2?3秒。

快楽と一緒に、
   煙と息をおりまぜて吐き出すと、
満たされた顔つきで、しんみりとつぶやき始めた。
           
「 親方、あの東京の物件、確かに立派だけど何だか薄っぺらで、
            妙に息が詰まるような疲れが来ていけないね 」

「 やっぱりどう転んだって、こっちにゃあ勝てねえ。 」
                      「 どうです? 」

自分は、「 ・・・そうか? 」 と、
        あえてさらり聞き流していたが・・・。
                    その時、確信した物があった。

社会のニュースも、物の値打ちも関係なく、あるのは是か非か、
そんな学歴もない彼が、無意識のうちに、感じ取っていた本能的な反応・・・

土壁のサンプルの中で働き、そこに生まれる柔らかな空気が、
      知らぬ間に男に染み入り、彼自身の感覚を変えていたことを。

規格化され、圧縮や印刷によって
        均一に計算どおりに形成されてゆく現代の空間。

塗り壁は、土を主にして、
   砂や自然の繊維や、四季折々の天然素材を水で繋げて一つにし、

繋げた水が抜けるとき、
      乾燥と同時に我々の予測を超えた粗面の肌合が、
                その壁の中で生み出されてゆくこと。

それは、自然と人間とのリレーのようにも思える、

まず自然の素材の存在があり、
         それらを集め水で繋げる人間、

その水を風や光がさらう事で、自然が最後の仕上げを決めてゆく。

・・・人の手を介したあと、またひとつ人を超えた姿に変わるのだ。

こうして、自然を介して仕上がってゆく左官塗り壁は、
      時には失敗を伴い、時には得も言われぬ味わいをかもしだす。

光は、1ミリにも満たない砂の一粒一粒を、
       泥のきわめて微細なひび割れを浮き立たせ、

その影を生みだし、柔らかな奥行と深みを、伝えてくるようでもある。

これは自分の勝手な感じ方かもしれないが、
    
工業的なパネルやガラスは、その物を見た瞬間と同時に、
               自分達の視界に跳ね返ってくるのに対し、

土壁はその厚みのぶんだけ、人間の視線を吸い込んだあと、
         時差をつくり帰ってくるような柔らかさを持っている。

見る、とは、単なる表面だけを捉えているのではなく、
      下塗り、中塗り、上塗りと重ねられたその物の厚みを、
                    感じ取ることに他ならない。

それこそが、一般に言う空間の空気感が違う、という、
               とらえ方になるのだと思う

人間の根底は、単純にして複雑な、
       柔らかでいて深みを持つものに、
               抱かれ癒されるものだとしたら、

それは、青く深い海を、いつのまにか眺め続けてしまうように・・・・

一面の雪原に、雑多な感情や言葉を失う静寂を感じるように・・・                      
               心は震え、奪われてゆくのだろう。

左官仕上の工法の多様さは、
           
           掻き落とす事は風を、
           
           洗い出す事は雨を、
             
           ひび割れる事は光と水を物語ることができる。

そうした自然観を取り込み、
      切り取る事が出来る世界が、
              左官塗り壁にあることを、

                 
              ひとりの男を通して、俺は確信していた。
                                        

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