にっぽん

≪国歌斉唱≫キ・ミ・ガ・ア?と始まると、
   子供の頃からふざけることは、いったんの中止、
 
恥じらいを捨てて真面目に歌うのは、
            当たり前のこととして過ごしてきた。

≪蛍の光≫も同様に、
  合唱していると感情が揺れて、
       体にジワジワと血がめぐった後、
           なぜかわからない自己反省をして、心あらたまる。


中学生の夏休みになると、
  いつも東映の任侠シリーズが、
     決まって深夜に放送されていて、

主演の高倉健、鶴田浩二、村田英雄が、
 我慢の限界を過ぎると命をはって殴り込み、
  刑務所に出頭して、自己犠牲のもとに悪をただす結末・・・

ここに理屈ではない道理、
     いわゆる≪仁義≫を学習するものの、
           それを粋がってとらえて、軟弱なツッパリの道へ。

高校生活は、学ランに龍と虎を縫い込んだりしたものだが、
まあ、今になると、
わずかに残っている人間ぽい仁義が
      社会の中で自分を支えていたりすることが多い。

朝食は味噌汁にめし。
野球は巨人、大鵬、卵焼き・・・の王道。

とはいえ、
自分は良いこと半分、悪いことも半分で出来てきたから、

        これでも人様に偉そうなことを
           言わないように気を付けているつもりでいる。

学校の先生は自分達に勉強をさせてくれた人、
警察は我々を守ってくれる人だから、

その言動は基本的に絶対で、
     たとえば理不尽なことがあったとしても、
              少々のことは素直に飲みこんで頭を下げる。

自分を律して正義を貫いている
模範的存在からは極力叱られないように、
できるだけ警察のお世話にならないようにすることを心掛けてきた。

世の中は目あき千人、目くら千人がひしめく
バランス感覚をとりながら、
また、いろんな暗黙の了解をわきまえているからこそ、上手くゆく。

日本と言えば、
礼節を重んじ、最も信頼できる公平かつ公正な国。

ましてや新聞記事となれば、
      教科書や辞書と同じくらいに絶対的事実が書かれてある。

週刊誌の面白おかしく大げさな記事とは違い、
         新聞とは世間をそのまま実直に教えてくれるもの。

そう疑う余地もなく信じきっていた自分・・・・

それは民放であっても報道番組と看板をあげている以上、
  国内で起きていることを、そのまま映像を通じて直接伝えてくれる。

            そんな精神に貫かれていると信じきっていた。

自分は多分、人並以上に愛国心が強く、
           権力や報道に対して、

 疑ったり、ひねくれた見方をすることなく生きてきたのだが・・・・。

最近は様々なニュースを、まず疑うことから始めてしまうのだ。

地検特捜部、
震災後の報道自体に、何かの力が働いているように思えはじめて、

公平かつ公正だという背景が、自分の中から崩れる。

情報が飾りをつけた商品として
販売されているようにしか見えなくなってしまって

・・・自分達の廻りをふくめた全てが、
    まず疑うところから始めなければならない変わりようである。

朝食は7:00。

味噌汁とめしと、なんだかんだの20分ぐらいの時間、

決まったチャンネルの
決まった情報番組の司会者やコメンテーターの発言は、

あまりにも誘導的で、一点のみを過度に、偏った表現に聴こえて
出ている人がどんなに一流でも、

なんだか子供の時からうんざりした
       近所のおばちゃんのうわさ話のようにさえ感じてしまう。

とここまで書いたところで、以下大勢の人に、
   そんなこと今頃になって気付いたのかと笑われそうだが。

それにしても不信は不信を呼ぶから恐ろしいと思う

聞けば、最近の子供たちの中には
君が代を、相撲の唄だと思っている子供がいるという話を耳にした

は?あ?っ・・・と、3回てっくり返りそうになって
             これは、嘘だと思う?

でも待てよ、オレが子どもだったら、
          相撲の唄だと信じていたりして?
            若干、腑に落ち始めるから、恐ろしい

誰もが信じていた単純な確かさが消えた時代。

そんなことを思わせる
この国で、左官は、通用するのだろうか???

          いったいこの国は、どこへ向かって
                    どうなってゆくのだろうか??

                     

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